* 後日談後に主人公が復活していたり普通に進級していたりご都合主義自分設定満載だったりします。 問題なければレッツスクロール 五月のはじめ、皐月晴れにふさわしい暖かな日差しが、頭上の木陰の隙間からやわらかく降りてくる。 中庭の柿の木の下でまどろんでいると心地良い風がまだ若い草のにおいを運んできた。まぶたの内側までちらちらと照らす木漏れ日と、微かに聞こえる鳥の声にまだ眠いと訴える体を起こす。 昼休みが終わろうとしていた。 教室に戻ると順平に捕まった。 神様仏様カリスマ様俺のお願いキイテクレなどと早口で捲くし立てられて後ずさる。順平はふたつ隣のクラスのはずなのになんでいるんだろう。こちらを眺めていたアイギスに視線で問う。 「順平さんはずっとあなたが帰ってくるのを待っていましたよ。古典の課題を貸してほしいそうです」 「そーなんだよーう次の授業中に写さしてくれよう」 そんなだから成績が悪いんだ。だからお前はテレッテなんだ。くねくねと身をよじりながら猫なで声を出す順平ははっきり言って気持ちが悪い。擦り寄ってくる彼を払いのけて、鞄の中から取り出したレポート用紙を渡してやる。 「七限までに返せよ。でなきゃバックドロップ。あとばれたらそれに関節を加えるからな」 「お前の怖いところはそれをマジで実行しちまうところだよな・・相変わらずオレッチにはつめてーの。誰かさんに対するのとは大違いですねー」 にししと笑う顔にとりあえず全力でチョップを浴びせてやる。頭ではなくあえて顔に当てるのがポイントだ。 オレッチのクールな顔があとかなんとか唸りながらふらふらと自分の教室に戻ってゆく順平は放っておいておそらく僕を待っている間相手をさせられていたアイギスに声をかける。 「アイギス、あいつの相手は適当にしてていいから。テレッテ菌がうつる」 困ったように微笑むアイギス。あの順平の相手をした後だというのになんて心が広いんだ。もしかして天使じゃないか。穏やかな微笑みに、少しずつ豊かになってきた表情も相俟って、順調に彼女を狙う男共は増えてきている。まだすこし世間知らずな所のある彼女に、悪い虫がつかないようにちゃんと僕が守ってやらなければ。一人心の中で誓っていると 「そうだ、ゆかりさんがあなたは日曜日は暇かと気にしていましたよ。きっとデートのお誘いですね」 ちゃんとあけておいてくださいね。と、ゆかりさんとルームメイトになったアイギスがにこやかに教えてくれた。アイギスきみは女神だ。 そして日曜日、僕の中で女神となったアイギスの予告通り、僕はゆかりさんと映画を見に来ていた。足が長く背の高い、男らしさあふれる美形外国人俳優主演のアクション映画だ。彼女はその俳優が大のお気に入りらしく、しきりに僕に、いかに彼が良い男かを熱い瞳で語ってくれた。 夢中で喋る彼女はとても可愛くて、それは構わないのだが、その俳優の特徴が尽く僕と一致しないのは、つまり僕は基本的に彼女の好みとはあわないということに他ならない。外国人だからって調子に乗るな。僕より背の高い男なんて絶滅しろちくしょうめ。 映画が終わってもまだ日は暮れていなかったから、僕はまだ彼女と一緒に居たくて、寄り道をして帰ることにした。夕暮れに赤く染まる道を二人並んで長鳴神社に向かって歩く。 絡めた指から伝わるぬくもりに顔の温度が上がっていく。今が夕方でよかったと心底思った。 神社の中にある誰も居ない小さな公園のベンチに並んで座る。ぽつぽつととりとめない他愛もない会話が、二人の間に流れる穏やかな空気が心地良い。 しばし会話が止まり、ちらととなりに視線をやると、疲れてしまったのか、ゆかりさんは目を瞑って微かに寝息を立てていた。 つい一ヶ月ほど前には思いもよらなかった光景に僕は思考が自分の心の中に沈んでゆくのを感じていた。 あの時、全ての死である彼(あるいは彼女)を、全ての死への憧憬と悪意から守るために扉となった僕の前に、みんなはやってきた。"死"がこの世界に存在し始めたときから、積もり積もった死への思いの集合体であるエレボスは消え、僕は扉である必要がなくなった。あのどす黒い、僕を散々いたぶってくれた人類の悪意とやらはつまり、リセットされたのだろう。 そもそもが桐条の当主によって増幅された思念だ。種という集合の自殺願望。途方もなく長い間蓄積されてきたそれが、またあのように形を成すのはまだ先、少なくとも僕はとっくに居なくなっているころだろう。 ならどうだって良い。さすがに僕も自分が居なくなった後のことまで面倒見切れないし、義務もない。 そもそも僕は別にこの世界を救いたいなどという、思春期の若者らしい正義感であんなことをしたわけではない。ただ僕の大切なものが、僕の前から消えていくのを見たくなかっただけだ。不特定多数の自殺願望者なんて勝手にすれば良い。エゴイスティックな自己満足。残される側のことなんて、これっぽっちも考えちゃいない。彼女が泣いて止めたって、振り返りもしなかった。 僕は今確かにここに居るけれど、いつ消えてしまうかわからない。 それは別に、またあそこに戻るとかそういうことじゃなくて、例えば交通事故にあったり、通り魔的な何かによって、命を終えるかもしれないってことだ。 何がいつ、どうなるかなんて誰にもわかりはしないのだ。瞬きした次の瞬間に全てが終わっているかもしれない。 「と考えて僕は後悔を残さないよう毎日を精一杯生きようと」 「だからってそれが人の寝込みを襲って良い理由にはならないっつの!ばかじゃないの、ってかばかじゃないの!」 夕暮れの長鳴神社に盛大な平手打ちの音が響いた。 |