肩を押さえ込んでいた手で襟元を引っ張る。引きちぎられたボタンが飛んだ。
  望月は驚いたように目を見開いて僕を見た。空の色とは違う、海のような暗い、深い青が零れ落ちそうで、それがとても綺麗だと、血が上った頭のどこかで思った。
  晒された病的に真白い首筋に唇を押し付けると、薄い皮膚越しに望月がびくりと震えたのが伝わってきて、あせってしまう。体中が一つの大きな心臓になったみたいで、ひどく熱い。
  右手で服越しに体のラインをなぞる。腹の横あたりを撫でると微かに声が上がって、心臓が止まるかと思った。みぞおちに直接手を突っ込まれたような感覚。どうしようもない。
  サスペンダーを外そうとして失敗した。頭は冴えきっているのに、体の感覚が鈍くなったみたいだ。焦りで指が回らない。息が出来ない。苦しい。それでも離れるのは嫌だから望月の首に張り付いたまま、なんとか右手だけで金具を外そうとするけれど、上手くいかない。
  口の中に溜まった唾液を飲み込む音が、やけに大きく響いた気がした。がっついているみたいで、望月に聞かれていたら、すごく嫌だ。
  むりやり呼吸を整えて、右手に神経を集中する。今度は上手くいった。けれど
(……どうやってはずすんだ、これ……)
  金具は外せても、サスペンダーの外し方なんて僕は知らない。
  とりあえずひっぱってみたり、逆に押してみたりしてみたけれど、状況は変わらない。
  本格的に途方にくれてしまった僕の下で、望月が堪えきれないというふうに笑い出した。一応止めようとはしているみたいだけれど、全然押し殺せていない。声にあわせて望月と、望月にのしかかっている僕の体も揺れる。
  望月が、自由な左手で慰めるように頭を撫でてきた。あやすようにぽんぽんと撫でられる。
  恥ずかしいのと情けないのと、なによりむかついたので、唇を寄せていた首筋に思い切り噛み付いてやった。痛いよ、なんて言いながらもまだ笑っている。
  僕はこんなにいっぱいいっぱいなのに、なんでこいつはこんなに余裕なんだろう。
  その原因に思い当たって、少しどころでなく、悔しいような悲しいような、微妙な気持ちになった。僕はきっと、嫉妬しているんだろう。望月と、その相手の両方に。
  望月はまだ僕の頭を撫でている。その余裕が嫌で、サスペンダーもベルトも無視して無理やりズボンからシャツを引き抜いた。服の下に手を突っ込んで直接肌に触れると、望月の体が微かにはねた。望月の体はまだ冷たい。けれどそれは、僕の手が熱いだけなのかもしれない。温度差がまるで拒絶されているように感じる。自意識過剰だ。そんなのはわかっている。それでも同じになりたくて、指先で、手のひら全体で、とにかく触りまくった。
  肩で遊んでいた左手も中に突っ込む。両手で脇腹やら、胸やら、背中やらを撫で回しながら、噛み付いたままだった口を離して、望月の首についた僕の唾液を、歯形をなぞりながらじっとりと舐め上げる。音を立てて啜り上げ、特にやわらかそうな部分に吸い付くと、望月の口からかすれた声と息が漏れた。それを聞いて僕は安心する。望月も望んでくれているのだと思うと、嬉しかった。それ以上に興奮した。
  胸の先端を人差し指の先で押しつぶすようにすると、小さく声が上がった。男でもちゃんと感じるものなのかと、変なところで感心してしまった。しつこく繰り返していると、くすぐったそうな中に、つやの響きを含むようになった。
  たまらなくなって唇を塞ぐと、望月の両手が背中に回される。背骨に沿って手を這わされて、声が漏れそうになったけれど、望月の口に押し付けてこらえた。
  舌を入れてぐちゃぐちゃにかき回す。望月の舌が絡み付いてきて、もっと奥へと誘われる。上あごのくぼみを舐めるとくぐもった声が響いた。先のほうをくすぐるように軽く噛まれて、あふれた唾液が望月の口の端から流れて線になった。舐めとると、背中に当てられていた望月の手が頬を挟んで顔を固定してきた。長い舌が入ってきて絡めたり、すり合わせたり、歯の裏側をなめたりしてくる。強弱をつけて繰り返され、力が抜けそうになる体をなんとか堪えた。望月が僕の舌を誘い出して唇が離れると、舌先からつうと糸がひいた。
「……っ慣れてるんだな」
「きみよりは、ね」
  それでも、乱れた息の荒さは僕も望月も変わらなくて、それだけが救いだった。
  唇を軽く食んでから、名残惜しいけれど体を起こす。体を離すと、望月は驚いた顔で僕を見上げた。その顔には不安が浮かんでいて、少しだけ、可愛いと思った。
  けれどそうじゃない。望月が思っているような理由で、行為を中断したんじゃないってことを伝えないといけない。
「……違うから。背中、痛いだろ、ここじゃ」
  細い眉がしかめられる前に口を開く。心細そうな表情も、それはそれでなかなか良いとは思ったけれど、傷つけたいわけじゃない。いつも笑っているようなやつだから、色々な表情を見せてくれるのは嬉しい。でも悲しませるよりは喜んで欲しいし、いつだってしあわせでいて欲しい。
  たぶん、泣いてる顔も好きだとは思うけど。それは今じゃなくていい。
  望月はまだ僕の心変わりを警戒しているようで、寝転がったまま動こうとしない。仕方がないので勝手に手をとって引き起こした。両手を握って軽く引っ張ると、以外にも素直に立ち上がった。捲れあがったシャツを直してやる。望月は何も言わなかった。
「どこだっけ、ベッドあるとこ。俺わからないから案内してよ」
  左手にそっとあたる感触。控えめに、迷うように握られた指の先から、愛しさが体中に染み込んでいくみたいだ。怖がらせないようにゆっくり、なるべくやさしく握り返した。
「……ついてきてくれるのかい」
「あたりまえ」
  ちいさく呟かれた声には、さっきまでの余裕なんて見る影も無い。
  望月も、本当は最初から不安だったのだろうか。
  そうだったのかもしれない。
  望月が経験豊富だろうがそうでなかろうが、僕も望月も同性の、出会って一ヶ月も経っていない、ただのクラスメートだったことに変わりはないのだから。
  握った手に少しだけ力を込めた。望月もそうだけど、僕はまだ一番大切なことを、はっきりと言葉にしていない。
  望月を見る。僕より少し上にある顔が、今は伏せられて、乱れた前髪が目元にかかっている。
  覗き込むと暗い色をした青と目が合ったけれど、すいと逸らされてしまう。
  だから、右手を望月の頬に添えた。
  親指の腹で目じりのほくろをなぞる。
  これから僕の口からでてくる言葉が、このあとすぐでも、全部おわってからでも、いつでもいい。いつだってかまわないから、こいつの口から出てくる言葉と同じであることを期待して、僕は一番大切な秘密を打ち明けるように、ゆっくりと口を開いた。