光のない寝室に荒い呼吸の音が響いている。 時折のどを詰まらせながら、喘ぐように必死に酸素を取り込もうとする姿はまるで電流を流された魚のよう。 ひくりひくりと震える右手を、左手で懸命に押さえ込む。 握り締めた玉の出ない拳銃が、がちゃがちゃ不快な音を立て、やがて沈黙した。銃口はこめかみに、両手で支えられて辿り着く。そんなはずはないのに、ごつり、と頭蓋と金属のぶつかり合う音がこちらにまで聞こえてきたような気がして、唇の端が持ち上がったのがわかった。 対峙する彼の呼吸はどんどん浅く、荒くなっていく。開きっぱなしの唇から、意味を成さないうなり声が微かに零れ落ちる。それでも指は引鉄に掛けられたまま、凍りついたように動かない。 最後の一押しを待っているのだろうか? それを望む言葉がほしいのだろうか? 限界まで見開いた両目で、こちらを凝視する彼を安心させるために、できるだけ優しく微笑みかけた。 そう、それでいい、君は皆の為になることをするんだ、逃れられない死の恐怖という災厄から人々を守る、それを成す君こそが救世主、君の成すそれこそが唯一の救済、救われる道だ。君は皆の為に、人の形をしたモノを消す。わかるかい?消すんだ、殺すんじゃない。殺す、命を奪うというのは、そもそも対象が生きていなければできっこないんだ、最初からないものを取り上げることなんてできないだろ?だから今から君のすることは殺人ではない、君は殺人者にはならない、君の価値は堕落したりしないのさ、むしろ大勢の滅ぶ時が先送りになるんだから、まったく逆の行為さ、君は人を生かすんだ。安心して、君は何も間違っちゃいない。 大丈夫、と労わるように、震える肩に手を置けば、ぎこちなく、けれど確実に何かを捨てた(あるいは落とした)笑みが、彼の顔に浮かんだ。意思を持つ何かとの触れ合いに慣れていない彼の心は、容易に陥落することを僕は知っている。温もりを求める心そのものを、優しく抱きしめてやりさえすればいい。理解を示し受け入れて、同意し許容し憐れめば、ほら、こんなに簡単。 理由、正当性、大義名分を得た彼は、ひどく安心したようだ。あいかわらす呼吸は荒いままだが、自殺者のように自らの頭に突きつけた拳銃は、もう音を発してはいなかった。そのままゆっくりと人差し指に力を込めていく。 そして僕の身体は粉々の細切れにされた。大量の、人の血を模した液体が溢れ出して、ああ掃除が大変そうだな、なんてことを、下から順に切り刻まれる身体を眺めながら考えていた。 僕の身体はここで終わるし、彼の記憶からも消え去るけれど、魂にこびりついたシミは、ちょっとやそっとじゃ消えやしないってことを僕は知っている。表面は削り取られても、深いところまで根を張ってずっとそこにありつづける、カビのように。彼の心があるところに僕は居る、僕を殺した記憶、思い出。だから僕たちはずっと一緒だ。 たとえ肉体を失っても、絆が僕らをつないでる。 |