◇気持悪い綾時
「優しい世界をキミにあげる」
一月にも満たないほど短いあいだだけ、望月綾時と呼ばれた存在は、アイギスに言った。
「その世界でキミはキミのまま、キミの生まれた姿のまま、自然な姿で生きていける。キミに優しい世界だ。何を悩むこともない。つらい記録も記憶も捨て去ってはじめに戻るんだ。何もない場所からのリスタートだよ、めったに出来ることじゃあない。キミにはそのチャンスがあるんだよ。君を苛み傷つけるこの世界にさよならして、キミはキミの本来の姿に戻るんだ。ねぇ、素敵なことだと思わないか?キミは僕と出会った頃のキミに戻るんだよ。あの頃のキミはとてもまっすぐで一途だったね。今も一途なのは変わらないけど。
…変わらない部分以上に、キミは変わったね。僕はそれが悲しいよ。どうしてキミだけ変わってしまったんだ。僕は変わらずここにいるのに、キミにとって僕は存在を許してはいけないものだということも、僕が世界を終わらせるものだということも、なにも変わっていないのに。キミだけは僕と同じ位置にいてくれると思っていたのに、キミはヒトの傍に存在することを許されているのは何故だい、僕は許されていないのに。キミは変わったよアイギス。ヒトの側でヒトとして生きる気分はどう?きっとずいぶん楽しいだろうね。戸惑うことも多いだろうけど、優しいみんながいてくれれば大丈夫って思ってるんじゃないか?でもそんな時間はすぐに終わるよ。すぐに思い出す。どんなにヒトに近付いたところで、どんなに心を持ったところでキミは所詮金属の塊なんだ。キミがどんなに求めても心を通じ合わせても彼と繋がることは出来ないってことはわかってるんだろ?キミの女が満たされることはないのさ。せめてキミが男だったらよかったのにねぇ。でもキミは女の心を持って女として彼を慕っているんだから仕方ないよね。女のキミは一生報われない。それで苦しむのはキミだってことわかってる?想像してごらん。彼が他の女と繋がって遺伝子を残して死んで。そしてキミはそのまま在り続ける。なんて最悪な未来なんだ!
僕はなにもいじわるを言ってるわけじゃない。キミのことが心配なんだよ。もし仮に奇跡が起こってニュクスを退けて、それでその後キミはどうなるんだ?ヒトにも機械にもなれないキミが永遠の悲しみに浸り続けるのを僕は見守らなくちゃいけないのか?キミだってそんなの嫌だろう?だからアイギス。一度リセットしよう。ヒトの心なんか知らないままのキミに戻ろう、そして最初から最後まで機械として、優しい機能停止までの時間を過ごそう?新しい世界はキミを傷つけたりしないから、ヒトの心なんてさっさと捨てて、僕のところへ戻ってきなよ。」
要するにただの嫉妬



◆気持悪い主人公
「人間がもっとも醜いのってさ、食事してるときなんだって。 まぁそれが大多数にとっての本当かどうかは知らないんだけど、 俺はそれ初めて聞いたとき、あー確かになーって納得しちゃったんだよ。 それからはもう駄目でさ。普段は全然気にならないんだよ、 だって食べるのって結局さ、栄養とるためだろ?生きるには絶対必要なことだし、 生きてることはそれだけで素晴らしいことだって、ばあちゃんも言ってたんだ。 ん?ああ、西のほうに住んでるよ。まあそれはどうでもいいんだよ今は。 えーと、どこまで話たっけ?…ん、そうだ、駄目だってとこか。 うん、あのさ、俺だって生きてるからには物を食べるし、そんなん皆いっしょだって わかってるんだ。だから食べること自体に抵抗とかないし、まして拒食症とか なったこともないんだよ、健康一直線で育ったんだ、俺。 だけどさ、なんか、駄目なんだ、俺、ヒトがメシ食ってんの見るの。 いやそんな別に潔癖性とかじゃねーよ、そんな深刻じゃないから。 俺だって美味いものは好きだし、美味そうに食ってるヤツ見たらさ、 おーいい食いっぷりだーとか思うわけ、普通に。 料理番組とか好きだしケーキバイキングとかも行くよ、育ち盛りだし。 だから普段は全然問題ないんだよ、順平とか友近とかとラーメン食いに行くし、 寮で天田にメシ作っていっしょに食ったりさ、楽しいよすごく。 でも、でもさ、ほんとにときどき、嫌になるんだ。 うわなんだこれ気持わりぃなんだよこれ、ってなって、口の中にはいってるもんとか 全部吐き出したくなるんだ。なんでそんなふうに思うのかわからないんだけどさ、 いやわかってるんだ、ほんとは。多分、結局食い物って死体じゃんか…、 て、この言い方はまずかったな。ん、と……んん、なんつーかな、 生きてないんだよな、だから反撃とかされることないし、安心して食べられる。 ……あー俺今すごい電波だな、きもちわり、俺。まあ今更か、最初からこんな話、 きもちわりーだけの話なんだし。 まあとにかく、なんかそんなかんじで、月に一回くらい、食べるのが嫌になるんだよ。 で、俺が気持悪くて吐き出したくてたまらないものを、平気な顔で口に入れて歯ぁたてて 飲み込んでるやつがいるんだ、目の前に。生きるために。美味そうに。まあ美味そうに食わないヤツもいるけどな。 それがほんとに、死にそうなくらい嫌なんだ。なんの拷問だよってくらい嫌で嫌で仕方がなくって、 でも皆食べなきゃ生きてけないし、部屋から出なきゃ良いんだけどそれじゃ学校行けないだろ、 しょうがないから昼休みは屋上に隠れて、帰りはさっさと帰るんだ、 けど飲食店とかガラス越しに外からなか見えるし、そうでなくても食べ歩きしてるやつなんて幾らでもいるから、 嫌でも目に入る。ほんとに嫌になるよ、こんなん。 だからさアイギス、俺は君がうらやましい。 君は食べる必要ないから、あの気持悪いヤツらとは違うだろ、俺も含めて。 だからさアイギス、君はそのままでいいんだよ、きれいなんだから。 人間らしくなりたいとか思わなくていいんだよ」