「全員散開!個別行動をとってください」 僕の指示を伝える山岸さんの声に従って、皆が一斉に散っていく。僕は走り去る背中を見送って、ふと溜め息をもらし近くの壁にもたれて座り込む。今日は単独戦闘の経験を積むべく、メンバーを入れ換えながら適当な階層でシャドウと戦っている。もっとも、僕は現場リーダーという役割上、休憩組に混ざってエントランスに戻るわけにはいかない。山岸さんもその能力故にペルソナを出したままだ。伊織の阿呆はリーダーになりたいらしいが、こんな損な役割いつでもゆずってやる。言ったらキレるので言わないが。 タルタロスはゲームじゃない。指示の一瞬の迷いが、リーダーである自分の判断が、誰かの命を危険に晒すのだ。僕はいつだってはりつめている。キリキリと限界まで引かれ、今にも矢を放たんとする弓の弦のような緊張が僕を支配し続けている。影時間が終わり、自分の部屋のベッドに潜り込んでそこでやっと弦は弛む。それでも怖くて怖くて仕方がなくて、何時までも眠れない夜だってある。 僕はこんなに情けない。誰かに指示を飛ばすような立場にはまるで向いていない。ひたすらに女王に尽す働き蟻やチェスのポーン、あるいは将棋の歩のような役割こそがふさわしい男なのだ。 なのに、ただ二年生のなかで最初にペルソナを出したからっていうだけでリーダーにされた。先輩が復帰するまでの我慢だと思ったから引き受けたのに、ずるずる続けさせられている。僕は心から先輩方の身勝手に悪態をつきながら、いつも自己嫌悪に陥る。 無責任はどっちなんだか(それを選らんだのは自分のくせに) 今の時点ですでに二、三度メンバーを交代していて、僕の体力も限界が近い。そろそろ引き返さないと流石にまずいだろう。痺れ始めた足を叩いて立ち上がらせるとクラリと立ちくらみが襲う。少し焦りを感じたとき、山岸さんの声が響いた。 「リーダー、そこから西のほうで天田君が囲まれています!救援をお願いします!」 「西…こっちか」 重たい足を引きずり走って仲間のもとへ向かうと、山岸さんは安心したようだった。 「はい、真田先輩も向かっていますが、体力が残り少ないです。なるべく急いで…―!!リーダー、ゆかりちゃんが!」 「…っどこ!」 「あ、そ、そこから少し北です、どうしよう…」 心臓を氷水に浸されたような気がした。すでに足には力が入らない。右手に握った小剣がいつもより重く感じる。こんな時にこんな状況、最悪だ。でも一番最悪なのは、引き際を間違えた僕だ。 「真田先輩はどっちに近い?」 「今はゆかりちゃんのほうに」 「じゃあ先輩は岳羽さんの救援に。サポートもそっちについて、天田君は僕が行く」 走りながら叫ぶように指示を伝える。迷っている暇などなかった。ぐらつく頭を働かせて考えた最良であるはずの選択。だけど、だけどもしそれが間違っていたとしたら?救援は間に合わず、彼女が永遠にいなくなってしまったら?あるいは彼を囲む敵に、僕までやられてしまったら? そのときは、僕は、僕は――― |